異国の記憶、明日の思想

元女子大生2人が送る究極のエンターテイメント

言語化できない感情を言語化することの大切さを噛み締める

私は子供の頃、悩みが多かったように思う。しかし、その悩みの総量は他人と比較したものではないので、きっとどこの子供も抱くような悩みだとは思う。今更「自分の悩みは自分にしかないものだ」と青臭いことは感じていられない。しかし、ここで改めて記事にする意味は、他の人との差異があるからであり、それは自分の気持ちを言語化することに固執していたし、今も固執していることだ。
 
何故気持ちを言語することに固執していたのか。それは伝えられなくて解決できなかったことがあるからだ。それについては詳しく書くのは止そう。また、大人になって分かったが言語化してあると、解決策を探しやすい。間違った言葉で検索しても欲しい情報が手に入らないようにモヤモヤを適切に言語化しておかないと、そのモヤモヤは何も変わらないまま心の中に居続けるのである。
 
実は気持ちを言語化するというのは少しオシャレな言い方をしてしまった。気持ちというラベルがついている時点でそれはほぼ言語化している=他人に伝えられる状態になっているようなものだ。ここでは嬉しい、怒り、悲しい、楽しいといった既に言語化されている感情と区別するために、言語化するのに苦労する感情のことをモヤモヤと書くことにする。
 
私が子供時代に抱いたモヤモヤを当時の言語化レベルで表すと以下だ。
  1. 転校先で近所に住んでいてる友人2人は既に友人関係が長いので、私は当然そこに入れないが、田舎というのは近所に住んでいるだけで友人にならないといけないため、常に疎外感を覚えながら友人然としていた。
  2. 第二次性徴を迎えて身体がこどものものから女性へになる時、自分の身体を奇妙に思っていたし、持て余していた。正直言って増える曲線は気持ちが悪かった。
  3. 高校時代になると、毎回決まったサイクルでどうしても学校にいけない日が発生していた。死にたくなったり、眠かったり、学校に行って勉強したり部活したいのに、どうしても出来なかった。

さてはて、これらは大人になるにつれて、いや具体的に書くならば、大学入学を期に都会に出てきて全て解決した。何故か。それはアクセスできる情報源が急激に増えたからである。

 

アクセスできる情報源というのは、田舎と比べると都会は、図書館数も多い、蔵書数も多い、通える選択肢になる医者も多いということであるし、加えて大学進学を期に与えられたパソコンで自由にアクセスできる情報が増えた。それに、当時が丁度SEO対策黎明期であったと思うので、適切な情報に出会える確率がぐんと増えた。

 

今なら上記のモヤモヤ3つをもう少しクリアに言語化するとこうだ。

  1. 今思えば毒がつく成育環境であった。私の親は私を褒めるよりもその友人たちを褒めることが多かった。わたしをほめてといえばよくばりだと言って叱られた。最も他者からの褒めが欲しい時期に褒められなかったら自己評価も狂うもの。また私よりも褒められる友人たちと素直に楽しくお遊びなんぞできるわけもない。そうである。友人たちが原因ではなく、私の家に、私に原因があったのだ。そう思うと、自分の気持ちに折り合いが付けられるようになった。
  2. これは少々難解であるが、村田紗耶香の作品を読むことで言語化に成功したと考えている。身体の変化にも戸惑いがあったが、それよりも徐々に無性別である子供扱いから、(女性というよりも)女子の扱いになることが気持ちが悪かったのだ。急に彼氏、彼女という概念が登場したり、イケてる、イケていないという形容詞が出てきたり、である。これは非常にジェンダーの問題と近く、世の中のジェンダーの問題が解決していないように私の中の女性性の取り扱いも解決していない。しかし、問題に名前がついただけ対処がしやすい。
  3. 完全にPMSであった。今思えば、PMDDの可能性もあった。けれども、それだとは気が付かず、必要な医療も受けられず、ただただ布団に閉じこもるしか出来なかった。現在は婦人科に通院し必要な処方を受けているため、学校もとい会社に行けない日はない。
このように自分がアクセスできる情報源が増えることは、自分が健やかに生きる上で非常に大事なことだ。
 
特に女性を取り巻く環境はどんどん変化している。女性の社会進出の仕方や生理の対処など、初めからトラブルを避けることやよりよくすることの情報は世の中に増えてきている。しかし、どんなに世の中に情報があっても、アクセスできなかったら意味がないのである。難しい問題ではあるが、ここにインターネットが既に社会インフラの一端になったことを垣間見た。(まれーヴぃち)